大阪再生のヒント

「日本人のこころ 大阪・京都」  宗教都市大阪・前衛都市京都 (五木寛之著、 講談社刊)

「宗教都市大阪・前衛都市京都」という本の題名と、「寺内町という信仰の共和国」、「戦国大名を恐れさせた念仏のネットワーク」、「寺内町は情報センターでもあった」、「歴史から忘れられてゆく寺内町の存在」といういくつかの目次に惹かれて、書店の店頭でたまたま見かけた一冊を今週の会社への行き帰りで読みました。

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大阪は、戦国時代に蓮如が上町台地に一向宗の宗教自治自衛都市として築いた寺内町・石山本願寺(大坂御坊)がルーツですが、今の大阪城の場所にあったとされる寺内町・石山本願寺の精神・文化が以来、江戸時代や近代に入ってからも連綿と受け継がれており、今も大阪人のこころの奥にある見えざる深層となっているとの五木寛之氏の一連の深い考察は、多くの示唆に富んでおり大変興味深いものです。

本の中で寺内町成立の背景やその性格、更には大阪再生について考察されている、印象に残った箇所をいくつか以下に引用させて頂きます。

「寺内町は文字どおり「寺の内の町」であって、決して「寺の下の町」ではない。寺内町では守るべきものは寺ではない。あくまでも寺と町が一体になっている。寺内町とは寺の敷地の内部に抱きこまれた町のことであり、その町の周囲が土塁や水濠で囲まれている。 ~ ある意味では流通の先端であり、租税が免除されているという点では楽天地であり、身分差別をほとんど感じさせない(自由な)都市だった。」

「(乱世の下で、民衆の信仰が御同朋とよばれた仲間意識で結びついた)念仏ネットワーク(寺内町ネットワーク)は大名が支配する領国制を超えてしまう。 中世日本において、征夷大将軍の権威とはまったく別の宗教の王国が、ひとつの共和国が日本にできあがったのと同じことだと言えるかもしれない。」、

「その寺内町が日本史のなかではほとんど忘れられている。 ~ 寺内町の発展を支えたのが民衆の信心であり、そこに浄土真宗という宗教が不可欠なものとして存在しているために、学者が正面から取り組むのを躊躇しているのではないかと、私(五木氏)は推測している。」

「東京一極集中という体制のなかで、これから先の大阪はどう再生してゆくべきなのか? それはかつての大阪の姿を蘇らせることではないだろうか? つまりより多くの外国人を生活者として受け入れる。 ~ 大阪を城下町ではなく、寺内町として考えるのである。同朋意識を持った名もない大勢の「民」が中心となって行う町づくりである。 ~ 大阪という都市はよそ者を寛容に受け入れて、これからはもっとそういう人たちの才能を開花させてゆく役割を持ってほしいと思う。」

最後に引用させて頂きました大阪再生の方向性に関する提言は、そのまま富田林・寺内町の町並み保存・再生の方向性をも示唆するものではないでしょうか?

例えば、国際文化都市を目指すのであれば世界中の高校留学生が集うユナイテッドワールドカレッジのような国際カレッジを日本初で誘致したり、或いは喧騒を逃れて静かな佇まいを好む文筆家が古い町並みに居を構える文化村構想なども一案かもしれません。 よそ者や多様性を寛容に受け入れる自由な伝統が息づく寺内町は、その成立経緯やコンセプトから言わば21世紀型の地域再生ビジョンと言えるかもしれません。
(2006年2月25日、歴史散歩)

重要文化財・旧杉山家住宅

写真は国の重要文化財に指定されている旧杉山家住宅(富田林寺内町)

「富田林寺内町の探訪」
http://www5d.biglobe.ne.jp/~heritage/



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